dorayakiBlog
~絵や興味ある事について書いてます~
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抽象画が分からない人へ

抽象画が分からないと言う人は今も昔も存在する。一昔前の専門家や先生は専門用語で訳の分からない説明をするかもしくは頭で考えるな体で感じろ的な事をよく言っていた。

まぁたしかにそれは間違って無いのだけど、抽象画と言っても種類が増えてきているのだから一緒くたにすると余計に分からなくなるのだと思う。

一般的(美術史的)には抽象画を簡単に大別するなら二種類に分類して良いと考える。

ひとつは、

・"熱い抽象"
少し専門用語的ではあるが言葉そのままに受け取って貰えれば大丈夫。熱血的な、熱い感情という意味での"熱い"である。

↓ ()内は簡単な抽象画の成り立ちの歴史
(古くはゴッホの様な自分の想いの感情を絵にぶつけるが如く描く表現形式から始まる。ゴッホはひまわりや人等の具体的な物つまりモチーフを描いていたが、二十世紀になると絵で表現するのに物を通して描くという考え方が希薄になり抽象的な概念の表現つまり抽象画となる。)

熱い抽象の見た目の特徴としては、規則的で秩序あるきれいな直線や曲線で作られる形(フォルム)でなく木や葉などの様な自然界に見られる様な不規則ではあるが自然な有機的な形で作られる。色もデザインの様な規則的ではっきりした色面というよりも派手な色から地味な色まで使われ、色同士がくっきりとした面で塗られたり時にはぼかされたりして荒々しく混ざり合う事が多い。感情を揺さぶられる様な絵が多い。
熱い抽象はもちろん作者の意図や解説もあるだろうが基本的には観る側が感じる事が重要になる。なので説明があれば聞いても良いとは思うが自身の五感で絵と対面してみる事から鑑賞は始まる。いわゆる従来言われるそれぞれがそれぞれの感想を持って良いという抽象画である。

もうひとつは、

・"冷たい抽象"
こちらはその言葉の通り"冷たい"つまり熱く感情的になるのでなく、冷静にかつ理論立ててという様な意味での"冷たい"である。

↓ ()内は簡単な抽象画の成り立ちの歴史 (古くは西洋の美術では聖書や神話や日常の風俗や事件そしてそこに登場するモチーフ等が描かれていた。それらは結局は物語やモチーフが持つ情緒の様な感情を揺り動かす精神性がテーマとして描かれていた。しかし物語を描くのでなく見える物だけを描くつまり存在するものの造形性を追求する事が真の芸術だと主張する印象派の画家たちが台頭する。しかし時代が進みただ見える物=光というふわふわしたおぼろげなものを描くだけで絵画と言えるのかという疑問を持った印象派の仲間であるセザンヌが多面的に多方向からモチーフをよく観察して描く事により光というあやふやな物を超えたしっかりした土台を持ったもう一つ別の絵画芸術の意義や新しい見方を模索し始めた。その分析的な物の見方をピカソらが受け継ぎ絵を描く時に物つまりモチーフを一方向から見るのでなく多方向から見て展開図の様に展開して絵に収め絵画の芸術的真実を探究するスタイルを確立した。その後の画家たちの時代になるとそこから物を描くつまりモチーフが消え各自がセザンヌやキュビズムの様に論理的に分析的に理論を打ち立て芸術的真実を探究する様になる。)

見た目のその特徴としては、秩序のある規則的な直線やはっきりした色面で構成される。曲線は実際のモチーフによく見られる有機的な要素があるので突き詰めた冷たい抽象ではそこまで多くない。色は派手な物や多色の物もあるが突き詰めると白や黒もしくは近い色で統一又は法則性を持たされた色調がよく使用される。物静かで厳かな神性の様な感じを受ける。感情を揺さぶるというより静かに深く問いかけられる様な絵が多い。
冷たい抽象には作者の理論や意図等が作品の制作の原初から大きく影響していて言語化されている事が多いので聞いてみたり読んでみたりする事で作品を理解出来るし作者もそれを望む事が多い。むしろ理論を聞いてから考える事を楽しみのがスタート地点となる。