画家ハンマースホイとデンマーク絵画展の感想

東京都美術館で今やっているハマスホイとデンマーク絵画展を観に行ってきた。

ハンマースホイ展のチケット

前々から同じ上野の西洋美術館の常設展示でハマスホイの「ピアノを弾く妻イーダのいる室内」は展示されていたのでどんな画家で他にどんな絵があるのだろうかとは気になっていたのでそれで。

そもそもハマスホイ(ハンマースホイ)は19世紀のデンマークの画家でわりと近年世界的に知られてきた画家のようである。元々少年時代から美術教育を受けていたエリートで生前からかなりの評価を受けていたようだか、美術史的にも欧州以外で世界的に再評価されてきたという感じなのだろう。

1864-1916年の生涯で、旧体制の美術から近代美術へ変遷していく時代を生きた画家であった。
ハマスホイの絵画の特徴というと、黒・白・無彩色・抑えた色調による半ば幾何学的に構成された室内の絵といったところである。もちろんそのスタイルに至ったのは彼自身の才能と努力もあったのだろうけれど当時のデンマーク美術の周囲の環境の影響もあったのはこの展覧会の解説を読んで初めて知れた。

デンマーク美術ではデンマークの人たちが大切にしている価値観”ヒュゲ hygge(くつろいだ心地の良い雰囲気)にならって、近代になってからは人々に近しい親しみのある風俗や風景そのほか肖像画や静物画が主流になっていったようで、その流れから室内の絵も主なテーマ・題材になっていった。室内にもまた別の美の調和が、美的テーマがあると見出した当時の主流の旧体制とは反対派で傍流の独立派グループの画家たちがいてハマスホイはその設立メンバーの一人であったようだ。

その彼らが描く室内画はどこか17世紀の静謐の画家フェルメールと似ている、けれど異なる静謐さを持っているように感じる。どこか北欧のノルウェーの画家ムンクの絵のような狂気さ、ではないけれど北の国が持つ精神的な低めの温度の様な静謐さを感じた。暖かいテーマや微笑ましいテーマの絵もあるがその低奏に流れるように。
その中でもハマスホイの絵は上手くは言えないが厳粛さ・ストイックさのようなものを感じさせた。
まず展覧会は近代デンマークのハマスホイらへと繋がるデンマーク近代美術の先駆者たちのブロックから始まり、写実主義や印象派などの影響を受けつつ進化していくデンマーク美術のブロックへと進み、旧体制から離れ独自の美術主義を築くハマスホイとの交友の繋がりのある独立派の画家たちのブロックがあり、最後にハマスホイの絵が勢揃いするブロックへと進む。
そのハマスホイの最初の絵が彼自身の自画像なのだがまるで修行中の僧侶のように感じるくらい色調も抑え目で顔の影の部分もかなり黒く暗く、そしてどこか遠く自己の内面を見つめているかのような感じがして、そこから見て取れる彼の性格は彼自身の絵と似ていると感じた。自画像とはその様な性質はあるがそれにしても異質に感じた。奥さんと一緒の自画像はマイルドな感じだったが。 そしてギリシャや古代の壁画のレリーフを模写していた絵がとても印象的であった。習作なのだろうか。それらの絵のようなルネサンスより遥か昔の古代の絵は構成・構図が堅固で永遠さや荘厳さを感じさせる絵が多いが、彼自身もそのエッセンスを求めてそして彼のスタイルが出来上がっていったのかなと思わせられた。
室内画と人物画だけかと思えば風景画もあり、やはりその静謐さはあり、風景なのだが開放的というより”内包”、内に包まれていくかのような精神性のある風景画のように感じた。ハマスホイの先駆者たちの風景画にもその様な事を感じたがそれに近くもあり少し異なる性質のようにも感じた。その流れを受け継ぎつつ極まったような感もした。

独立派グループの室内画を見進めていくとだんだん余計な要素が削ぎ落とされていき室内の調度品の幾何学的要素とひとり人がいるくらいの要素で構成された絵が多くなってきていた。最後の方の絵は人すらもなく。
これはもはや光と影のある抽象画の写実画だなと思った。(ちょっと何を言ってるか分からないかもしれないが) 線や面の幾何学的要素で構成する、いわゆる冷たい抽象画のような。なるほどこれは面白い極まり方だなとも。
それを象徴するなと思えたのは、この展覧会の看板やチケット、パンフレットの絵に使われてる「背を向けた若い女性のいる室内」や先に挙げた国立西洋美術館のハマスホイの絵の中にいる後ろ向きの妻イーダであるが、顔を見せない事で絵の構成要素の一つにした点にあると考える。人の顔は良くも悪くも絵に意味性や物語性を与える。そして注目も集める。しかしそれを見せない事で室内の空間自体に目を向けさせつつ絵の中心・主役でもある妻に神秘性を与えたようにこの画家は意図したように思える。モネが主役の人物の顔を描かない事で光が生み出す他の風景と同じモチーフに変えたかのように。

あとハマスホイのタッチと絵肌が面白いとも感じた。それはある程度垂直かもしくは水平に一定に細かく走るタッチである。結構タッチはばらばらであったり斜め方向に走り動きのある絵が多いように思うが、垂直な線は厳格さや強さなどを、水平な線は落ち着きや静けさを表すので、そのようなわりと規則正しいタッチが彼の絵の静謐さに寄与しているのではないかと感じた。
もう一つは、部分的に下地が筆目から透けて見える塗りが意外と多かった事である。だからと言って絵が雑に見えるわけではなく、上に挙げたタッチと相まって印象派とも異なる流体する空気感が演出されてる様に見えた。

ハマスホイの絵は低めの温度を感じる絵が多いが構図では斜線やその交差などを利用してダイナミックな絵も多かったと思う。そして奥さんをけっこう作品で描いているから何となく分かるけれど、そして奥さんの肖像画をいくつか見てると、奥さんを愛しているのだなぁ、とハマスホイその人の人間らしさもどこか感じられて個人的には良い発見が出来たように思う。

レビューとしては、美術展で近現代の抽象画が出てくると分からない人はけっこう素通りしていく人が多い様に感じるけれど、このハマスホイとデンマーク絵画展は写実的な絵(それでいて謎めかしい)がずっと続くから、最後まで万人が楽しめそうだなと思った。私も結局四時間くらい楽しめたので。あと展覧会の内装に少しハマスホイの絵の部屋のドアや窓枠などが設けられていて思わず関心させられた。