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メタバースはなぜ流行らないのか

最近Meta(旧Facebook)や多くの企業のメタバース事業の見直しや中止を報道で耳にするが、メタバースや古くはセカンドライフの様な仮想空間ビジネス(?)はなぜ未だ一般に広く浸透し流行していないのだろうか?

メタバースより少し前に流行の兆しを見せたビットコインの仮想通過やブロックチェーンによるNFTの様な暗号資産や今話題の対話型AI等の新技術の実験場に成り得て思いもつかない面白いコンテンツになるのかもしれないと専門的に考えてみると面白そうなのだろうとは思うのだけど、いち素人として使用する側になるであろう自身の一般ユーザー的目線になって考えてみると、

・ネット&ゲーム&SNS等でほぼ代替可能
・明確で魅力的なコンテンツが無い
・ゲームに飽きている
・技術進化を感じられにくい
・リアルを捨てる事は出来ない

という要素があり一般受けしにくいのかと考える。

ネット&ゲーム&SNS等でほぼ代替可能という点については、メタバースが3DCGによるバーチャル空間で双方向の経済活動や文化活動が行われる舞台として期待されているが、経済的または文化的な双方向のやり取りは近年の通信技術の進化によりそれらを得意とするインターネット上ではホームページ・ブログ・SNS・動画サイト等で文字や画像や動画や音声で大量に行われていて3Dであるならばゲームとりわけオンラインゲーム上で期待される活動は実現可能な規模のものが既に行われていてメタバースでそれらを上回るものが想像しづらい。

明確で魅力的なコンテンツが未だ無いという点については、運営サイドの企画力次第という事になるのだが今のところは仮想空間で想定されるのはショッピングやライブ等のイベントや社内会議等はよく聞くが既に既存のネットやゲームのメディアにて行われていてあまり新鮮味は感じない(他に知らない何かがあるのかもしれないけど)。メタバースだけにしか無いキラーコンテンツというものが今ひとつ無い様に思える。

ゲームに飽きているという点については、飽きているというか文字通り現代人は人類史上最もゲームに目が肥えていて各種ゲームを今現在やり込んでいる人やかつてやり込んだ人も多いのは間違いなく、ただ単にフィールドを歩き回るのですら古くはドラゴンクエストやファイナルファンタジー等のロールプレイングゲームであるRPG(もっと古くはウィザードリィやウルティマか)から現代のオープンワールド系のアクションRPGやFPSのガンシューティングやMMORPG等のゲームにて嫌というほど歩き回っており最近ではマップ移動すら無かったりオート操作により移動や戦闘をこなす手軽なスマホゲームが好まれる様になった昨今では(逆手に取った〇〇ウォーク系のスマホゲームもあるが)メタバースにおいても画期的な(ゲーム的)システムや要素が無いと他のメディアコンテンツを差し置いて一般に受けるのは難しそうであると感じる。仮想空間でオンラインショッピングするにしてもゲームでは無いがネット通販サイトでリンクを数回踏めば瞬時に目的の品物にたどり着くわけで(ゲームで街の武器屋や道具屋に通うのはそこに行くまでの過程が次第に作業的になり億劫になるのは否めない様な感じとは違い)。

技術進化を感じられにくいという点については、映像的にもフルCG映画やPS5等のコンシューマーゲームやSteam等のパソコンゲームと水準が近く無ければ満足を得られる可能性は少ないだろう。VRゴーグルで没入感を味わえるというのは売りになるとしても(重いのと目への負担はどうかと思うが。

リアルを捨てる事は出来ないという点については、前述のVRゴーグルも素晴らしいのだけど究極行き着く先は視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚に訴える全てを感覚出来るいわゆるSF的な仮想空間へフルダイブ出来る装置になるのだろう。ただ仮にメタバースが進化してフルダイブが可能になったしても我々の肉体や取り巻く素晴らしい世界(嫌な事も多いけど良い事も多いこの世界)がある限りは自身の肉体と感覚する事の出来るリアルは捨てられないわけで(SF映画の様な何らかの理由で現実の全世界が崩壊して何処かにでも逃げざるを得ない限りは)。とそこまでの進化は暫くは無いにしろ上手く進化していってもあくまで通信が主な根幹なので基本的にはリアルを豊かにする為のサブ的な立ち位置としてのコンテンツになるのだろうなとは思う(廃人オンラインゲーマーの様に我を忘れるほどに虜になる人もいるのだろうけど)。

とはいえ技術の発展の可能性を否定してみても進化を止める一石になってしまうかもしれないのでいつか作られるかもしれないフルダイブRPGへの布石として(?)面白い可能性を秘めたこれからのこの分野の進化を温かく見守るのが良さそうである。あくまで何でも出来る賢者の石としてでは無く通信等の情報技術の一環として。