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後期印象派とは

後期印象派とは、1870年代中期から起こった絵画を中心に彫刻や音楽や文学等の西洋芸術のメインストリームの本流を大きく変える事になる印象主義と呼ばれる芸術理念による美術運動である芸術活動を起こした印象派、を脱して次代の芸術理念である後期印象派と呼ばれる様になる絵画的スタイルを生み出した元印象主義出身の画家たちであり、それぞれ各自の独自のスタイルでの活動が発端となり彼等によって創り出された画風における主義を総称して後期印象主義と呼びその美術運動または芸術理念および作品群を創り出した画家たちの事である。

モネやルノワールらによる印象派を前期の印象派とし、前期印象派のスタイルによる表現に限界を感じたり独自の解釈を更に望み加えたりと顕著に進化を遂げた印象派に連なる元印象主義の画家たちによる美術運動を後期印象主義そしてその芸術家たちを"後期"印象派と名付けられた様である。英語やフランス語で後期印象派を意味するポストインプレッショニストは接頭辞でのポストが"後の"や"次の"を意味しインプレッショニストは"印象派"を意味する。または"脱"印象派とも目される。

主に代表的な後期印象派の画家は三人いる。ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌである。

・ゴッホ
言わずと知れた炎の画家。37歳で人生の幕を閉じ生涯売れる事の無かった(正確には一枚は売れ死ぬ間際に徐々に評価されつつもあった)努力の人として有名である。
ゴッホは幼い頃から美術的素養はあったものの少年期から青年期において当時画家になる正規のルートである美術学校での就学やプロ画家への徒弟経験を経ず青年期から壮年期において短期間学校やプロ画家への弟子入りで絵を学ぶがほぼ独学と他の画家や絵画や自然に学ぶ事により経験を積みパリに住み始める頃から印象派を知り印象主義を彼等の絵画から吸収する事で学ぶ。彼は後に浮世絵に傾倒していき意識的にか無意識的にか元々ミレーらの宗教的とも見れる自然主義の農民画とキリスト教を崇拝していた為か印象主義を吸収した後にそれらの元々持っていた傾向を印象派的自然主義に内包させつつ独自の進化を果たし後期印象派の開祖?の一人となる。
独自の強い宗教感を内包した印象派や浮世絵の様に日常を描いた画風と陰影の無い鮮やかな色彩とはっきりとした輪郭を用いた力強い絵で後のフォービズムやエコール・ド・パリの様な表現主義の画家たちに強い影響を残し表現主義的な抽象画家たちにも影響を広く与える事になる。

・ゴーギャン
ゴーギャンは妻子のある元証券会社の株式仲買人であり二十代後半をアマチュア画家として過ごし三十代にいわゆる脱サラつまり独立起業してプロの画家となる。ゴッホと違い生前に絵はお金に困る事はあるが売れていた。彼も働きながら独学で絵を学び後に印象派の画家の一人であるドガに傾倒し印象派を学ぶ。四回目から八回目までの印象派展に出品の経験もある。その後にパリを行き来しつつもブルターニュやアルルに滞在し多くの若手画家と交流しながら新しい画法を以って独自の流派を築く。アルルではゴッホと画家の拠点となる組織を創設する名目で共同生活をするが上手くいかずパリへ戻る。その後文明社会への拒絶と遠い熱帯地方の自然への憧憬からタヒチへと家族を残し旅立ちそこで生活しながら画業に励み生涯の幕を閉じる。
初期には印象主義の影響を濃く残すも画家として独り立ちするとクロワゾニズムという伝統的な西洋絵画には見られなかったシンプルな陰影の無い平坦な色面と黒く太い輪郭線を用いたステンドグラスに見られる様な縁取りを活かした画風で地方の風土風俗や歴史画を原始的な時に哲学的な作品群を生み出す。交流した若手画家や後進の画家に影響を与えゴーギャンを信奉する若い画家達の平面的な画風が特徴的なナビ派の形成を助け後世の表現主義や抽象表現へと受け継がれる事になる。

・セザンヌ
セザンヌは美術学校の入学試験に失敗するも画塾に通い初期には暗い色使いの画風で人物や歴史画を描き当時の画家の登竜門であるサロンと呼ばれる官展への入選を目指していたが友であり師ともなる印象派の年長の画家カミーユ・ピサロと出会い画業を共にしながらピサロから日常や風景を描く印象主義を学ぶ。ピサロに誘われ初回から三回目までの印象派展に参加する。若い頃は評価されず売れなかったが晩年になり評価され売れ始める。印象という軽く朧げに写って見えなくも無い印象主義の画風に飽き足らずか日常の瞬間を描く印象主義に伝統的な絵画の持つ様な確固とした構図やモチーフの構成を取り入れ独自の画業を進める様になる。より真実に迫る為にモチーフを多角的(な視点で)に捉える事で多方向から同時に見た様な独特の絵を生み出す様になりモチーフへの更なる追求の仕方という新しい物の見方つまり新たな真実を創り出す事になる。この多角的で分析的・展開的な物の見方が後のピカソらのキュビズムや幾何学的な抽象画へと繋がる為、セザンヌを抽象画の始祖とも呼ぶ事もある。

印象派を経て後期印象派から大きく枝分かれして、後の二十世紀の各美術運動へと繋がる事になったという点で大きな美術運動であった事は間違いない。