dorayakiBlog
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選挙の投票に行かないとどうなるのか 社会が世間が悪いと嘆く前に

個人的には特定の支持政党はなくその時の情勢で投票先を変えていますが、

選挙の投票に行かないとどうなるのか?

それは投票しなかった代わりに白紙委任状を投票したのと同様になる。

何をしても何をされても構わないという意思表示に結果なってしまう。そんな一見する所の暴力は許されないし道徳・倫理・法律・人権尊重の下で庇護はされるがその網の目をかいくぐって好き勝手にされる、法律や倫理観すらメディアや統制の情報操作で変えられて。

実質的にはその様な結果になってしまう。

個人個人では違うかもしれないが政党としてまとまる人たちの組織人にとっては、大局を観て国全体の国民の幸せの為に働く聖人の様な政治家は多くない。結局選挙に勝ってなんぼの投票してくれる票田となる層や組織の方を優先する様に今の選挙の選出システムもさる事ながら選挙に臨む候補者の姿勢がそうなってしまう辺りが問題あるのではと。
ただ選ばれた政治家は選んでくれた層にとっての正義を行っているからその政治家はその選んでくれた層の為に仮に悪い事をしていても悪いとは思わない、大局を観ないなら。大抵彼らは自身の正義もしくは周りからの箴言で動いているのだから犯罪でも起こさない限りは投票に参加しなかった者が横から文句を言ってもどうにもならない、おそらくは耳を貸さない。政治家である彼らの活動の命題の内の一つの選挙に勝つという事に非投票層は関係ないのだから。
平成の近代の政治はことさらにこういう国民全体の方を向かない政治化が進んだ様に見える。

被選挙民側の問題は中々率先して私たちでは変えられないのでとりあえず置いておくして、私たち選挙民で変えられる事としては、例えば国政選挙の投票率ではおおよそ毎回50-65%であり組織票を除けばほぼ半数以上の人が白紙委任状を渡している状態を変える事にある。
国民の総意で国の行く末が決まるのでなく、特定利益層に日和見主義で向く政治家と良く顔も考え方も分からない上級官僚によって決まってしまうのでは、仮に国や民が滅んでしまっても救われない。

人に流されるのでなく自ら各々が未来の行く末を託す舵取りを任す先を考える意識になって欲しいと考える。好き勝手やりたい放題にされない様に自分たちを守る為にも。

こういう想いがみんなの中で共有されれば少なくとも現状打破は可能なのではないのかなと考える。